すさみ町の車窓から

先週末は学祭で大学が休みなので帰郷しました。

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地元に向かう特急くろしおが、見老津駅(和歌山県西牟婁郡すさみ町:夏に行った江住駅の隣の駅)を通り過ぎるとき見えた枯木灘の夕照があまりにも良くて、写真が撮れたのでここに貼っておこうと思います。

 

くろしおが、海がよく見える区間をゆっくり走ってくれるのはサービスなのでしょうか。もしそうなら粋だと思います。

御坊市 -紀伊半島の旅(その2)-

江住駅から乗り換えを含めて各駅停車で約2時間、御坊に到着。

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予想以上の涼しさで、夏休みのなかでもこの日に旅行を実行したことは正しかったと確信した。改札で整理券を渡してここまでの運賃を精算し、少し待つと紀州鉄道レールバスがコトコトと入って来た。

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終点の西御坊駅までたった8分間、列車は京都市バスを遥かに下回る速度で、御坊の街をゆっくり進む。まあ京都市バスがスピード出し過(ry

途中で運転士さんが手を振っているなと思ったら、沿線に小さな子供がいて、手を振っていた。この鉄道は御坊の街に寄り添い、御坊に愛されているのが伝わる。

すぐに西御坊駅に着いた。

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木造の黒く塗られた駅には、味わいがあった。駅ノートもあり、上手い駅舎の絵を残した強者もいた。

西御坊駅から寺内町を経由して、2つ前の紀伊御坊駅まで歩くプランを実行。持ち時間は紀伊御坊駅にJR御坊方面の列車が来るまでの40分。

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「御坊」の地名の由来となった本願寺日高別院の門は残念ながら閉ざされていた。プランは必ずしも順調に進まない。歴史的価値のある建物が続く寺内町を抜けたところで、地図を見間違えてしまい、迷うことに。

 

結局、10分弱の余裕を持って、紀伊御坊駅に到着。ここは有人駅で、駅員さんから切符を買った。

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紀州鉄道の写真コンテストに投票してほしいと言われたので、短い時間で選んで投票した。候補の写真の多さからも、紀州鉄道が慕われていることがわかる。

駅員さんは親切で温かい人だった。急いだだけに暑くて、パンフレットで扇ぎながらホームで列車を待っていると、紀州鉄道オフィシャルのうちわをプレゼントして頂けた。列車に乗り、出発するときも、わざわざ頭を下げて見送ってくれた。紀州鉄道、本当に温もりのある路線だった。

 

JRの御坊駅に戻り、帰りの電車までは夕食を買ったり、お土産屋さんに入ったりした。

 

和歌山県中部の中核都市とはいえ、なかなか来る機会は無かった御坊。江住のように前から行こうと思っていたわけではなく、御坊行きを決めたのは1週間前だった。

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来た鉄路をまた引き返す。途中で乗り換えのために降りた紀伊田辺駅が、昔来たときよりもカラフルになっていたのも印象に残った。そして、きのくに線ロングシートに揺られること数時間、念願だった旅が終わった。

 

 

 

すさみ町江住 -紀伊半島の旅その1-

きのくに線無人駅のホームは狭い。この狭さ、旅情を掻き立てて、遠くから来た人には意外と人気があるかもしれない。

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この前、昨秋から温めていた旅の計画を実行に移した。特急で通り過ぎるとき、枯木灘の美しい景色が見える江住駅に、いつか降り立ちたいと考えていた。

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枯木灘を背にした駅前のローソンは自分の知っているなかで一番風光明媚なローソンだろう。テラスがあり、海を一望できる。

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このあと道の駅すさみまで歩いて、特産のイノブタを食した。

すさみ町は、隣の白浜町などに比べるとやや知名度で劣るかもしれない。しかし、枯木灘の雰囲気は随一のものだし、町自体かなり個性的なことをしている。具体的には、海底にポストがあったり、エビとカニだけの水族館があったりする。スルメイカを郵便で送れるらしい。すさみ町郵便局つよい。すさみ町は弾けている。

道の駅すさみのなかにあったすさみ町PRポスターにはこのようなコピーがあった。「海の幸、山の幸、時の幸」 時の幸とは、海と山に囲まれた土地で、この町の他とは違う何かを感じ、今日ここに来て良かったと思えるということだろう。今度はすさみ町の中心部にも行ってみたい。見老津駅のあたりも素敵だろう。

 

江住駅に戻り、地元の方の俳句が飾られているのを見たり、それを真似した駅ノートの書き込みを読んだりしたのち、次の目的地である御坊へと向かった。

 

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この駅名標の写真が変な角度なのは、ホームが狭かったからだ。

 

和歌山県退出2日前

向こうに持っていく書籍などを段ボールに詰めた。思ったよりも持っていく本は少なくて、小さな段ボール半分にも満たないほどだった。少ないほうが後々の片付けでは有利になる。

 

朝から何を段ボールに入れるか考えた。大学入試の赤本に手を出して、2011年の国語の第1問、長田弘「失われた時代」をもう一度読む。この文章がもともと掲載されている本はもう絶版になった。ならば、文の題材となっているレオーノフの長編小説は? 調べたら、Amazonにすら中古が見つからない完全な絶版だった。これほどの文学的価値を持つものでも、日本ではもう新たに製本されることはない。がっかりした。見るからに下品で安っぽい、たとえば他民族を貶めるような、そんな新書はたくさん出版されているのに。

 

あさって和歌山県を出る。4/3から4/7までずっとガイダンスや入学式で忙しいから辛い。初めて住む都市で暮らしていくことに馴染んでいくための余裕がもう少しあればよかったのに。もう友達の多くは行ってしまった。出発の遅い自分は和歌山県から出るための準備をする時間がたくさん与えられている。

 

和歌山県はいいぞ。便利ではなかったけど、高校卒業までの時間、無用な焦りのない生き方ができた。高校受験は一応したけれど、まあほどほど勉強してれば大丈夫だったし、都会の人みたいに厳しい「お受験」をしなくて済んだ。これはありがたかった。津波を伴う大地震がいつか起こる場所だから、突然死ぬこと、死なないとしても多くのモノを失うことを薄々意識しながら生きることを強いられた。特に東日本大震災が起こってからは。その意識のなかに、生活を送ることの尊さがたびたび現れる。

 

春から1人暮らしが始まる。自分の生活を、これまで以上に大切に扱う必要がある。むしろ大学の授業や人間関係よりも楽しみなくらいだ。料理ができる。スーパーが近くにいくつかあるから、料理したくない日はご飯だけ炊けば十分。まずは疲れない程度に、料理と洗濯と掃除をルーティーン化させよう。

 

いろいろと運び出してしまうので、明日は退屈だと思う。和歌山県で住む最後の日なので、忙しいよりは退屈なほうがいい。

入試国語と読書欲

以前から持っていた数学書を読み返すことに積極的になった。解析と線形代数、大学での理系科目の基盤だから、早く読んでしまいたい。興味本位で解析入門1(東京大学出版会,杉浦光夫著)を買ってから数年、未だに微分の章までしか読んでなかった。積分を読みたい。スチルチェス積分ってなんだ? ラング線形代数学上下(ちくま学芸文庫,サージ・ラング著)もある。行列の対角化って何のためにあるの? 知らないから、知る必要がある。

 

また、最近、暇があればAmazonで本を探していることが多くなった。読みたい理学書を探したり、中古だと安く買えないかなとか思ったり。大学から教科書の指定が来るまでは買わないと思うけど。

 

しかし、理学書だけではない。人文学系の本にもこのところは興味が出る。小説はあまり読まないけれど、随筆とか、哲学者の書いたやさしい解説書とか。

 

受験が終わり、受験の数学にはまるで魅力が感じられなくなった。入試問題を解くよりも、定理の証明を読み進めていくほうが数学してるって感じがする。理科もよく似ている状況。英語、もともと好きではない。しかし受験の国語は、未だに自分に影響を与え続けている。過去問に出てきた文章の著者の、他の著作をAmazonで探す。

 

小学校では、国語はある意味苦痛だった。答えをどう書けばいいのかもわからず、教科書もそんなに面白くない。国語の良さは高校になってからわかった。そんなだから、模試では高2まで国語で苦戦したが、高3になると国語は得意科目になった。小説には苦手意識が残ったけれど。

 

自分が受かった大学には理系だけど国語があった。過去問は10年分やったが、やはり大学教授が選んでいる文章であろう、現代文の出題文には心惹かれるものが多かった。最近の人文学系書物への興味は、センター試験で倫理政経を選択したのもあるが、主にここから来ている。

 

2007年第1問の評論・清水哲郎「死に直面した状況において希望はどこにあるか」は、終末医療において患者が死を受け入れるにはどうすべきかを説いた文章だった。現在は健康である自分も、やがて訪れる死を見据えた上でどう生きるべきか、考えさせられた。また、自分の勝手な拡大解釈だったけれど、「完了系の生」を肯定するという(筆者が提案する)終末期患者の死の待ち方は、迫り来る入試の日を前に心を安定した状態で保つ知恵となった。

 

2010年第1問津島佑子「物語る声を求めて」、2011年第1問長田弘「失われた時代」、2013年第1問中野孝次ブリューゲルへの旅」など、近代の超克が背景にある問題文も度々ある。それ自体が近代の論理で塗り固められたような姿をしている受験のシステムに身を置いて疲弊していた自分には、それらはとても新鮮だった。

 

この間、2011年第1問の問題文の著者・長田弘氏の著書をひとつ買った。受験が終わって心に余裕ができたのもあるが、現代の人々が失ったものを見つめ直す彼の語りは心地よく読める。

 

だらだら書いていたら文字数が1300字を超えてしまった。2015年第1問阿部昭「短編小説礼賛」にあるような、文章の寸法にあった文章の調子を、まだ自分は心得ていない。

ブログの紹介

高校卒業を機に、離れる友達などにも近況を伝えられるようにSNSを始めたいと前から思っていた。Facebookはやり方知らないし個人情報晒し過ぎるのも抵抗ある。Twitterは簡単そう、でも書き過ぎる癖のある自分の投稿が他者のTLを占めるのは申し訳ない。まとまった文章の必要はブログで満たして、あとはTwitterに任せるのがたぶん正しい。

 

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自己紹介すると、和歌山県の高校をこの春卒業して某国立大学の理学部に入ることになった学生です。数学や化学に興味があります。

ブログのタイトルがuntitledなのはタイトルを付けるのが苦手だからです。タイトルを付けるのは諦めました。内容があればタイトル無くてもいいじゃないですか。ずっとそうやって生きてきました。高校で書いた読書感想文なんかも、タイトルは全部書き終わってから決めてました。もちろん読む人の興味を引くタイトルが必要な文章はありますが、このブログにはいらないです。

 

1週間に1回程度は更新できるといいなあ。